河村建夫の娘や息子、嫁は?韓国籍て本当?経歴や学歴、引退説も調査!







韓国を訪問した日韓議員連盟幹事長の河村建夫氏が、李洛淵(イ・ナギョン)首相から、「韓日両国がホワイト国除外と韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)終了の決定を共に原点に戻そう」という提案を受けたと主張しました。

河村氏は、8月31日から3泊4日の日程で韓国を訪れ、2日に李首相と会談。河村議員は3日に帰国し、安倍晋三首相とも会談しました。 河村議員によると、この席で安倍首相は「徴用工問題の解決が最優先だ。これは国と国との国際約束だから、これをしっかり守ってもらいたい」と述べたそうです。

そりゃそうだ、安倍さんのいう事は至極当然のことです。

BB8くん
そこで気になるのは、この河村さんはちゃんと日本の代表としての役割を果たせるのだろうか?という事です。

そこで

河村建夫の娘や息子、嫁は?

韓国籍て本当?

経歴や学歴、引退説も調査!

と題していろいろ調査をしてみました!

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河村建夫の娘や息子、嫁は?

家族についても気になりますよね?

まず息子は「河村 建一」さん

現在、河村 建夫さんの秘書をしています。将来的には建夫さんから後継者指名するのでしょうか…これぞ七光りってやつですね。

娘は「河村 直子」さん

もともとは8年ほど議員秘書を務めていたそうなんですが、やめてからは株式会社ユイットアン、新しい化粧品ブランドの「Quona dwaie JAPAN」を設立しています。

河村直子さんみたいですね!

現在は主に美容業界で活躍しており、AneCan各号にて多数出演するなどの活躍しているようですね。

なかなかマルチに活躍されているようですね。

アミダラ女王
奥様(嫁)については情報がありませんでした。

一般の方なので情報が少ないのでしょうね。

調べてみると、他の家族も、エリートぞろいだったw

父親:元山口県議会議員の河村定一

母親:萩女子短期大学名誉学長の河村とし子

実弟:山口県議会議員の田中文夫

まじか・・・スゴすぎぃ( *´艸`)

河村建夫の国籍は韓国籍なのは本当?

結果から言うと日本人のようです。国籍は韓国ではなく、日本です。

国会議員に限らず、有名人はなんだかんだで韓国人という噂が立ってしまう日本ww

今回、彼が噂されている理由としては、、

「在日韓国人の地方参政権問題は日本社会の成熟度を示すものだ」

と推進を進めている点だったり

「日本は島国ということもあって国際化が遅れており、外国人に対する基本的なスタンスが定まっていない。旧世代には表現しがたい抵抗感がある。人権や反差別に対する教育が弱いのも原因になっている」

と在日韓国人の地方参政権を付与することに慎重な日本国民を批判していることが原因だったようです。

彼の両親は日本人なので、国籍が韓国という事はありえませんね。

河村建夫の経歴や学歴、引退説も調査!

経歴は

前職 西部石油社員

現職 自由民主党地方創生実行統合本部長

との事です。

彼の経歴はすごくエリートでビビリましたw

1967年(昭和42年)の卒業後に西部石油に入社。

1976年(昭和51年)、父・河村定一の死去に伴う山口県議会議員補欠選挙(萩市選挙区)に自由民主党公認で出馬し、初当選を果たした。以後4回連続当選する。

1990年(平成2年)、引退する田中龍夫の後継で第39回衆議院議員総選挙に旧山口1区(定数4)から自民党公認で出馬し、当選(当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・亀井久興・中谷元・森英介・福田康夫・石原伸晃・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・松岡利勝・小坂憲次・山本拓・赤城徳彦・村田吉隆・簗瀬進・山本有二など)。以後9回連続当選。

1998年(平成10年)、所属していた三塚派内で森喜朗、亀井静香の主導権争いが先鋭化。亀井の離脱に伴い河村、中川昭一、平沼赳夫ら亀井グループが三塚派を退会し、伊吹文明・佐藤静雄らが属す中曽根派と合体して志帥会を結成した。

2001年(平成13年)、第2次森改造内閣で初代文部科学副大臣に就任。

第1次小泉内閣発足によりいったん退任するが、第1次小泉改造内閣で再度、文部科学副大臣に任命された。

第1次小泉再改造内閣では文部科学大臣に昇格して初入閣し、第2次小泉内閣まで務める。

2006年(平成18年)、同じ伊吹派所属の中川昭一政務調査会長の下、政調会長代理に任命された。

翌2007年(平成19年)、党広報本部長に就任。

2008年(平成20年)、麻生内閣で内閣官房長官に任命され、2度目の入閣する。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では、内閣官房長官の要職にあり、また全国的に自民党に猛烈な逆風が吹き荒れたが、対立候補に比例復活すら許さず、早々に7選を決めた。総選挙後、衆議院懲罰委員長に就任。

2010年(平成22年)、自民党選挙対策局長に就任。

2012年(平成24年)、自民党選挙対策局長が自民党選挙対策委員長に移行し、続投する形で就任。

2014年(平成26年)、二階派会長の二階俊博が自民党総務会長就任に伴い、同派会長を退任。会長職は空席となり、会長代行の河村が同派の事実上の代表となる。

2015年(平成27年)4月、衆議院予算委員長大島理森の衆議院議長就任により、後任の予算委員長に就任。

2016年(平成28年)1月、衆議院議院運営委員長に就任(同年10月に退任。)。

2017年(平成29年)11月、再び衆議院予算委員長に就任。

との事。

空いた口が塞がらないとはこのことですねww

凄すぎる・・

学歴は

1942年の山口県阿武郡三見村(現・萩市)に生まれる。山口県立萩高等学校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業。

最終学歴は慶應義塾大学商学部となっています。

引退説は

70歳を超えているので引退説が度々あがる河村さん、まだまだ現役ですw

超党派の日韓議員連盟幹事長を務める自民党の河村建夫元官房長官は2日、韓国の李洛淵首相とソウルで面会。河村氏は元徴用工問題などをめぐり、日本政府の立場を伝達したうえで問題解決に向け、前向きな対応を促しました。

伝わっているかどうかは別として、一応伝達はしたようです。

韓国側の提案に対しての河村氏の考えは?

河村幹事長は9/3日、羽田空港で日本の取材陣に対し「『GSOMIAとホワイト国(韓国除外処置)をセットで一緒に元に戻すのはどうか』と提案を受けた」と語っていました。

その際に河村幹事長は『(問題の始まりは)徴用工問題(強制動員被害問題)なので、それはそれとして(解決策を)検討しなければならない』と述べていることから、ちゃんと問題の根幹は分かっているようです。河村幹事長は韓国側の関係者が「内部的な協議をしている」と述べたとし、李首相はGSOMIAが正式に終了する11月までに解決策を探りたいという考えをほのめかしたとも主張しました。

韓国と日本の間に立つ立場にある人物としては、なかなかに大変な状態ではありますが、是非頑張ってほしいものですね!

以上最後まで読んでいただきありがとうございました!